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2009年7月 9日 (木)

ご報告

父・酒井透は、去る7月5日午前11時過ぎ、一緒に暮らしている母、私、妻、次女が見守る中、永眠いたしました。76年半の人生でした。

父は、一昨年暮れ、棚の荷物を取るために台の上で作業していたところ、台から落下して腰を強打しました。その折に治療を受けた整形外科で撮影していただいたレントゲンにより、胸に「影」が発見されました。そして地元の総合病院で詳しく検査を受けたところ、「小細胞癌」と診断されました。「悪性リンパ腫も併発している」とも。

主治医より、本人を含め、家族に対して病名が告知され、治療の計画が説明されました。「手術をせず、抗がん剤による治療を行う」と。

同じ日の夜、私に対して主治医より電話がありました。「余命は1年以内。本人およびその他の家族に知らせるか知らせないかは(私に)任せる」・・・。

母にどう知らせるかは最後まで悩みましたが、1週間後にありのままを伝えました。

以後1年半にわたり、文字通り「山あり谷あり」の症状と戦いながらも、「生きたい」の強い思いを持ち続けて闘病を続けてまいりました。家族も必死に支えました。節目節目での“説明”はまず私にありましたので、それをどう母や他の家族に伝えるか、伝えないかは非常に悩ましいものでした。とても懐疑的にもなっていた父はたびたび「先生から何か聞いているんじゃないか」と私に迫りました。

5月末に最後の入院をしました。その頃には食事も自力でほとんど摂れず、痛みもひどくモルヒネによって抑えている状態でした。また、呼吸困難になって何度か救急外来を受診もしました。栄養、水分、痛み止めの何本もの点滴、はじめは酸素の管、途中からは酸素マスクが使われました。喉にはたんを吸引するための管が取り付けられました。

入院してまもなく、「痛みをとる最後の手段として『沈静』を行う」と説明を受けました。「これを行うと深い眠りに落ちて痛みを感じることはないが、目覚めない。早ければその日、長くても何週間も経たないうちに亡くなる」・・・。「先生が最良と思われることを、最良と思われるタイミングで行ってください」と答えました。

6月26日朝、「沈静を行うと会話はできなくなりますから、最後の声かけをしてください」と病院に呼ばれました。病院にいく道すがら、毎日父に付き添ってきた母にこれから行われることを説明し、「もし、それに納得できなければ断っていいし、わからないことはわかるまで聞けばいい」。「いい。それでいい」と受け入れてくれました。

この日からは、24時間交代で付き添いました。僕は主に“深夜担当”で、仕事を夜10時過ぎに終えたあとで病室に泊まりました。まあ、簡易ベットを入れてもらい、そこで眠りながら看護師さんが来てくれた時に時々目を覚まして、部屋に設置されているモニターのいろいろな数値を確認するというぐらいでしたが。体温は37度前後、心拍数はだいたい120~130、呼吸数は30前後、血圧は120ぐらいが続いていました。なんか、これがずっと続きそうな気がするほどある意味、高値だけど、安定していました。

7月4日は土曜日でお休みでしたから、夕方からそのまま“夜勤”(深夜の付き添いをこう呼んでいました)にはいりました。

この日の夜は、これまでと明らかに違っていました。体温が38度台後半まで上がり、血圧が80ぐらいまで下がり、心拍数が80ぐらいまで下がりました。さすがに眠ることはできませんでした。愛知県豊田市に住む兄に「来たほうがいい」と連絡しました。自宅にいる母と妻にも朝5時、「急いで来るように」連絡しました。

明るくなったあとは、いろいろな値が急降下すると、肩をたたいて大声で呼びかける、すると値が跳ね上がる、また下がる、呼びかける・・・を繰り返しました。ただ、「がんばれ!」と言いながら、「もうがんばらなくてもいい」とも思っていました。

11時ぴったりに、仕事を途中で抜け出した次女が病室に到着し、大声で呼びかけると、また数値が跳ね上がりましたが、以後上がることはありませんでした。

当直の先生が病室に来て、ドラマで見たことがあるように、眼球にペンライトの光を当てます。「11時9分、ご臨終でございます」。

・・・・・・

7月6日に通夜、7日に告別式を、故人の強い遺志に従い、家族のみで営みました。お世話になった皆様にお知らせしなかった失礼を、この場をお借りしてお詫び申し上げます。

父親の期待を裏切り続け、希望とは反対のことばかりを行っている私です。でも、やるときはやります。頑張りました。

親を亡くしたのは初めての経験でしたから、自分がどんな気持ちになるのかは想像できませんでした。「親を亡くした悲しみ」よりも「そのことに対して人から与えられるやさしさ」に対して泣けました。50の男が、馬鹿みたいに。

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