2009年8月10日 (月)

たいしたもんです!

Seiko新宿駅のホームです。松田聖子がベストアルバムを出すようです。

最近世間を騒がしている“酒井容疑者”(自分の姓に「容疑者」って付くと、本当にドキッとします)とは桁が違います。ニュースなどで「トップアイドルからの転落」なんて表現されると、「ぜんぜんトップじゃないよ!」と突っ込みたくなってしまいます。

それはさておき、聖子ちゃん。僕より一つか二つ年上だと思いましたから、50歳を超えているわけです。そういえば、デビューは16歳とか17歳だった記憶がありますから、僕が中3か高1でのデビューということになりますね。以来ずっと、名実ともに「トップ」であり続けているわけですから、本当に「たいしたものだ」と思います。

Menこっちは、「横浜家系ラーメン総本山・吉村家」です。「総本山」って、みんなで決めたんでしょうか? 「六角家」「一六家」なんかも、その傘下にあるっという事? まあ、それはいいとして。

いつ通りかかっても長い行列ができていて、どちらかと言うと行列は敬遠するたちの僕としては、なかなか試してみる機会がありませんでした。でも、たまたま土曜日に「並んでもいい」という気分になりました。

「ラーメン」に「味付け卵」と「チンゲンサイ」をトッピング、「油少な目」と注文しました。一緒に行った次女は「麺固め」と注文を追加しました。

とても結構なお味でした。これまでどの店でも味わったことのないような、深い味わいがしました。美味しかったです。値段とのバランスもよかったと思います。

ただ、僕のには厚いチャーシューが2枚入っていたのに、(同じ麺を注文した)次女のには薄いのが1枚だけ。「そんなことわざわざ言うのもなんだかなー」とも思いましたが、せっかく並んでまで食べて、不満を残して食べ終わるのもどうかと思って、思い切って言ってみました。

「何、そんなこと?」みたいな空気が流れたあと、「これお詫びにどうぞ」って、「厚いチャーシュー3枚と、海苔の入った器を差し出されました。なんか、後味悪かったなー。

せこい? 言うべきじゃなかった? せこいっちゃ、せこいかなあ? たかだかチャ-シューのことで?

でも、ラーメンにおけるチャーシューの価値って、結構重いと思うけどなあ。この一件がなければまた行ったかも知れないけれど・・・。

でも、周囲に何軒も同業の店がある中で、この店の「一人勝ち」は、たいしたもんだと思います。

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2009年5月 3日 (日)

忌野清志郎

「僕の好きな先生」は、長い間携帯の着メロでした。(現在は「人間なんて」)
ライブには一度もいったことがないし、自分で買ったレコードもありません。
でも、その生き方を「羨ましい、いいなあ」と思うことのある人でした。こういう心境はあまり良いことではないと思いますが、なんか、歌っている清志郎さんを見ていると、そう思うことがよくありました。

最近では、自転車についてずいぶん参考にしました。いつか九州まで乗ってみたいし、「奥の細道」も走ってみたいと思ったりもしました。

58歳でお亡くなりになりました。ご冥福を心からお祈りいたします。

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2007年1月21日 (日)

アグネス・チャン

日曜日は空手の日です。今日も立川の佐藤塾の道場に一番乗りし、小山先輩のご指導で、基本中心の稽古をつけていただきました。

その小山先輩(ドクターK)曰く、「(アグネス・チャンは)香港で生まれ育ち、中国語、英語、日本語と、トリリンガルです。中国語だって、北京語と広東語をしゃべれるでしょうから、クアドリンガルということになるのでしょうか。来日して芸能人として過ごしていても、華やかな世界に浮かれることもなく、上智大学を卒業し、その後、カナダに留学し、大学院に進学します。そういった国際性、知性に、私はあこがれていました。」

「本当は○ッ○○が大きいところがよかったんでしょ?」と振ると、「実は・・・そこも・・・」

その小山先輩が、「アルバムの中に吉田拓郎作曲の曲がある」ということで、貴重なLPレコードをくださいました。

0121_003_1 「お元気ですか」・・・知っている曲がありませんから、「ひなげしの歌」より前でしょうか。

「HAPPY AGAIN」・・・カナダから帰る直前に、カナダで録音したとの事。拓郎作曲の「AGAIN」が入っています。作詞は松本隆です。

「Will the circle game be unbroken」・・・香港で活動していた頃のものでしょうか。明日ゆっくり聴かせていただきます。そして、CDに焼いてお返ししたいと思います。(LPは返しません!)

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2006年5月23日 (火)

吉田拓郎づくし

僕は歌を歌うことは大好きです。高校生の時以来、バンドで演奏する楽しみを知っていますから、「カラオケ」となるとピンと来ないところがあります。それにしても最近は、アルバムの、ほんの目立たない曲までリストに入っていますから、マニアにはたまりません。

この“最近”の比較の対象は、日本でカラオケがはやりだした20数年前です。当時はスナックのような飲み屋さんでしかできなくて、カラオケをするのにもお金がかかりました。

先日、「変なお医者さん」でもあるK先輩と、稽古の帰りにカラオケボックスに行きました。男二人でカラオケなど、僕の長い(短い?)人生の中で初めての経験です。

今日のテーマは「吉田拓郎」。以前、「どれくらい吉田拓郎の歌を歌えるか、勝負しましょう」ということになっていて、僕が勝つことはうすうすわかっていたのですが、今日その「勝負」となりました。

勝敗は最初の4曲で決まりました。その4曲を僕が知っていて、K先輩は「知りません、参りました」となりました。以後2時間半、吉田拓郎と、そこから派生するいろいろな“つながり”で、歌い続けました。

いやー、楽しかった!

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2006年5月18日 (木)

ジュークボックス

小学生の頃、見ることを許されていたテレビ番組は、夜のNHKニュース、金曜日夜8時からのプロレス中継、夜のプロ野球中継ぐらいでした。他の番組は、「くだらない」と、見せてもらえませんでした。要するに、父親の好きなもの以外はだめだったということです。

それでも「巨人の星」「柔道一直線」は、「他のものを見たいとは言わない」というような約束をさせられた上で見ていました。

初めて見た“歌番組”は「ザ・ヒットパレード」だったでしょうか。父親がいないときだったのはいうまでもありません。ザ・ピーナッツ、ザ・タイガースが全盛でした。「見てはいけないものを見ている」というような思いもあり、かなり興奮したのを覚えています。

小学校の高学年の頃でしょうか。たまたま買い物に行ったデパートに、ジュークボックスがありました。お金を入れるとレコードがかかる機械です。“だめもと”で母親におねだりしてみましたら、意外なことに「いいよ」という返事が返ってきました。

そこで僕が選んだ曲は...絶対に当たりません。欧陽フィーフィー(漢字、どうだっけ?)の『雨の御堂筋』!好きだったなあ。『雨のエアポート』が次の曲でした。

僕の記憶にある、僕にとっての初めての「アイドル」でした。今も活躍しているのを見ると、嬉しくなります。

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