2010年12月 1日 (水)

鎌倉小旅行

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シモン(中央左)とマルコ(同右)はイタリア人の空手家です。今年の春に行われた国際大会に選手として来日しました。“英語班”の僕は、いろいろとお世話をしながら仲良くなり、帰国後も何度かメールのやり取りをしていました。

ご本人の希望で、イタリアに佐藤塾の支部を開きたいと佐藤塾長に申し出て、大会後しばらく東京にとどまって佐藤塾で稽古を重ねました。

その結果塾長より「人物・技能とも申し分ない」とのことで、「イタリア支部」を開設することになりました。ローマから車で2時間ほどの「…(忘れた)・・・」という都市にあるそうです。

そして今回、「佐藤塾の黒帯」になるべく、昇段審査を受けるために来日し、27日、見事に「10人組手」を終え、晴れて佐藤塾の黒帯となりました。

前回来日した時に一度計画して果たせなかった「鎌倉小旅行」を今日行いました。

立川から有効の「鎌倉フリーパス」の切符を前もって渡しておいて、僕の住む大船にまず来てもらいました。何度も何度も乗換を説明しました。そして朝9時半に大船駅のホームで会うことができました。

「It is the most difficult thing for us to meet here!」・・・実感でした。

横須賀線に乗り換え、まず北鎌倉で降ります。円覚寺に「空手の碑」があります。松涛館空手の創始者、船越義珍先生の「空手に先手なし」という言葉が刻まれています。僕も以前佐藤塾の小林治先輩に連れていっていただきとても感銘を受けましたので、まずここに案内しました。

Kamakurayumi_005 弓道場で稽古が行われており、二人ともとても興味深そうに見ていました。

円覚寺を後にして、鎌倉まで歩くことにしました。一応先生らしく、「鎌倉は三方を山に、残り一方を海に囲まれていて、防御がしやすいために幕府の地として選ばれた」と(英語で)説明しました。

今日は「小春日和」で、北鎌倉から鎌倉のウオーキングは、ちょっと長かった。

次に鶴岡八幡宮に行きました。「13世紀にサムライ・gavernmentの中心だった」と説明しました。去年だったか、雷で倒れた大銀杏のこともちゃんと知っていました。前もって調べたんだろうか。

それに限らず、日本の歴史、武道の歴史については本当に詳しく、よく勉強しているようでした。お気に入りは「信長」だそうです。

Kamakurakatana_012 そして、小町通りから少しわき道に入ったところにある、政宗工芸美術製作所に寄りました。ちょうど鉄を叩いている作業をしていて、これも興味深そうでした。「小野の小町」も知っていました。

鎌倉から江ノ電に乗り、はせで降ります。大仏です。

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さすがの巨体も、大仏の前では小さいですね。

そして、海岸へ出て記念写真を撮って、(超)小旅行は終わりました。日曜日の早朝に成田へ向けて立川を離れてしまうので、もう日本では会えません。来年の全日本大会に出るそうです。どうか練習を積んで、いい成績を収めてほしいものです。

「See you soon in Italy!」と言われましたが、なかなかね~。

Kamakurabech_017 二人とも、やっぱり、デカ!

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2010年4月26日 (月)

イタリアからの“客人”

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日曜日は空手の日です。先週は「国際大会」が開かれましたから、久しぶりの稽古ということになります。

その国際大会に出場したイタリア人選手シモ−ネさん(真ん中の超大きい人)と、コーチのマルコさんは、帰国を1週間延ばして佐藤塾本部道場のある立川に滞在し、本部道場で稽古をされました。

大会では「英語班」として外国人選手のお世話をしましたからお二人とも顔見知りになり、立川へは僕の車でお連れしました。「日曜日には必ず稽古に行きますから」と約束をしていました。

大会の後1週間“皆勤”で稽古を続けてこられましたから、「トッテモキツイデス」と言っていました。特に前日の塾長稽古は「モウフラフラデシタ」(もちろん英語で)とのことでした。

この日も前半は小林教士、後半は塾長のご指導で強烈な稽古が行われました。僕は何度も経験して、きついことはきついのですが何とかついていくことができます。お二人にはまさに「未知との遭遇」で大変だったと思います。

稽古の後は別れを惜しんで記念撮影です。僕は連絡先を交換して、写真をメールで送ることを約束しました。今後も1年に1度ほどは来日するということなので、再会も約束しました。

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